抗がん剤4回目 後半——続ける理由の根拠が、分からなくなってきた話

この記事は、記事①「抗がん剤4回目——体も心も限界に近づいてきた話」の続きです。

体の話は前の記事に書きました。あの時点で、体も心もすでにボロボロの状態でした。今回は、その中で心に何が起きていたか——正直に書いていきます。

心が折れそうになった——続ける理由の根拠

率直に書きます。4回目の前後、Yoshは「かなりつらい」状態でした。でも、今考えると、我慢強い性格のYoshは、「自分で決心したのだから、最後までやる。」——と心の中で何度も言い聞かせていました。思い起こすと、人生全般でそうだった気がすると、思いました。「決めたのだから、やる。やれ!」と自分で自分を窮地に追い込み、つらい体験を選択していたことが多かったかもなあ……と。

——で、なんで続けるの?

正直、理にかなった素晴らしい答えはありませんでした。診断されたとき、主治医に「抗がん剤治療をしないとシにますか?」と聞いて、「はい、シにます!」と即答された記憶は、頭の片隅に残っていて。でも、4回目ですごくつらくて、「もう頑張ったし、終わりにしてもいいんじゃないかな♪」みたいに、自分の都合のいい感じに勝手に書き換えられていました。そして、もう治療を続けなくてもいい理由を探し始めました。

何かの文献で、標準で4回治療することが多いと読んだことを思い出し、「もしかしたら先生が6回を4回に負けてくれるかも!」と心の中で小さな希望を持ったり。つまり、きついからもうやりたくないと、心が叫んでいたんですよね。

ワラにもすがりたい、他のワラを探してみた

つらさを少しでも緩和できないかと情報を探していたとき、色々な情報が目に入ってきました。実は元々Yoshは抗がん剤やりたくない派だったことを以前の記事でも書いています。そして、何も調べる猶予もなく治療を始めたので、他の選択肢の情報もなく、ここまできました。そして、やっぱりキツい……となったのです。

調べると色んな選択肢がある。ありすぎる。

漢方と、大学教授の話

その中で漢方の情報にたどり着きました。主治医からは「抗がん剤に影響が出るかもしれないので、自己判断で何かやらないでください」と言われていたので、まずは調べるだけのつもりで記事を読み進めていきました。

そこで「漢方を試してみたところ、体調がよくなり、感謝している」という記事を発見しました。(ここでいう漢方とは、ドラッグストアで購入できたり、医者に処方箋を書いてもらう粉薬的な漢方ではなく、生薬を調合して、煎じて飲む薬のことです。)目を皿のようにして、その記事を読み続けました。

数人の人が同じように感謝している、みたいなことを言っていて、その時点で「よし!これだ!これで楽になる!」と思いながら、記事を読み続けました。すると、なんか期待していたのと違う結末が何件か載っていました。

他にもサプリや新薬、色んな情報がネット上にはありました。もう色々読みすぎてよく分からなくなってきた頃、思い出したのです。

面白いことに、癌になると、色んな人が色んなものをくれるんですね。もらったものは、本、サプリ、栄養ドリンク、でっかいミカン(笑)。そして、健康マニアの人たちが集うイベントの招待状。

そのイベントには大学教授のセミナーがあり、教授が開発した色々なグッズが売られています。さらに、神の手ならぬ、教授の手によって癒してくれるというのです。友人の勧めだったので、まあ話だけでも聞いてみるか、と行ってみることに。

開口一番、「抗がん剤治療なんてやめろ!毒だ!」

 

健康セミナー

健康セミナー

Yoshの心の声:「え、じゃあどうするの?」

やめてもいいのですが、その後どうするのか。教授は個人的に定期的に治療を施してくれる体制はなく、グッズを買って自分でどうにかしろという話でした。

人に言うのは簡単ですが、すでに病気になってから研究をしたり本を読んでいては、その間にも病気は進行してしまいます。そして、必要な時に治療してくれる体制があるということが、患者にとってどれだけの安心材料になるか——この時改めて実感しました。

Yoshの心の声:「ありがとう、教授。でも、この方法はYoshには無理。」
ランチのお弁当をおいしくいただき、Yoshはそっと会場を後にしましたとさ。

セカンドオピニオンの先生にも聞いてみた

セカンドオピニオンの先生にも相談しました。「病院で抗がん剤治療を続けるなら決められた通りに続ける。途中でやめて、何か月か経ってから戻ろうとしても、身体が戻れない状態になっている場合があり、病院での対応も難しくなる可能性がある」と。

結局、長々と知っている話をずーっと繰り返し話されて、1時間6000円なので、頑張って引き延ばされてお金だけ取られた感満載な感じで終わりました。

 

テキトーなセカンドオピニオン

テキトーなセカンドオピニオン

ただ、その中で1つだけ有益な情報がありました——抗がん剤治療を中断したり、他の治療を色々試してみて、やっぱり戻るというのは、自分を実験台にして危険にさらすことになる、ということです。

情報もたくさんありすぎて取捨選択できないし、リスクをどのくらい許容できるのかも素人Yoshには判断できません。

「あー、もう疲れた」

でも、Yoshの心の中に、まるでとげが刺さったように残っている友人の話があります。シンガポールにいた時に、初めて就職したときマレーシア人の同僚Eさんがいました。
彼女は日本で勉強した日本語を話す人で、日本語で仕事をしていました。

シンガポールにいた数年の間、一緒に旅行をした仲でした。
特にマレーシアのボルネオ島を旅行した事は心に残る思い出です。
彼女は(当時Yoshは彼女の状況をよく分かっていなくて)病気がちだったのです。
今なら良く理解できるのですが、病気があったり、体調が悪い時って、気持ちのアップダウンが激しかったり、健康な人から見ると、ちょっと怠けているんじゃない?と思われるような時もあるんですよね。

Eさんは、健康マニアで、どこかで学んだ健康法の一つに、『麻酔は健康の敵』みたいな事を教わって、麻酔を極端に嫌がっていました。
Eさんは、結局乳がんになったのですが、麻酔がいやだから手術をしないという選択肢を押し通しました。
でも、だいぶ進行してから命の危険があるとのことで、全摘手術をしたのですが、リンパに転移し、かなり手遅れになってしまったのです。
その時Yoshはすでにシンガポールを離れていて、日常的にEさんと顔を合わせることはなく、共通の友達が、Eさんの変わり果てた姿を目撃したと教えてくれたので、連絡をして会いに行きました。
その時すでに働くことが出来なくなっていたEさんは、お姉さんの家で療養していました。

Yoshの知っているEさんは、ふっくらしていて、陽気で、気が利く人。
でも、その時会ったEさんは、Yoshの記憶からかなりかけ離れた姿でした。
その後まもなく、入院、ホスピスに移動、最後に気管挿管までしている状態になっていました。
Eさんの人生の一番大事な選択肢についてメッセージで相談を受けました。最後に「私はどんな決断であってもEの選択をリスペクトするよ」と返信したのが最後になりました。
その翌日Eさんは、虹の橋を渡ったと共通の友人から聞いたのでした。

 

マレーシアのボルネオ島

マレーシアのボルネオ島イメージ

もっと早く会って、きちんと話をしていたら手術を受けていたかもしれない。麻酔の副作用と命を天秤にかける必要もなかったかもしれない。。。そんな勝手な心の葛藤があるからこそ、抗がん剤治療をまずやろうという決断をしたのもひとつの理由です。

でも、実際、自分が治療をうけてみて、こんなにつらくて、大変だと分かり、精神的にも病んできているのを実感していました。
「なんか、もう続けなくてもいいか、マジつらいんですけど~~~。」と心の中で叫びながら、「続ける理由の根拠」を一生懸命に探し始めました。

これから治療を受ける方へ(心のこと)

理由が見えなくなっても、おかしくない
「なんで続けるの?」と自分に問いかけて、答えが出ないかもしれない。心が折れかけても、自分を責めなくていいと思います。自分を責めないで毎日を過ごしているだけでもすごいことだと自分を褒めてあげましょうね。自分が自分を褒めて大切にしてあげなくては!

中断という選択肢は?
つらくなったとき、「一旦やめて、よくなったら戻る」という選択肢が頭に浮かぶことがあります。独断で決断する前に必ず主治医やセカンドオピニオンの先生に相談して、最善策を一緒に考えてもらいましょう。
Yosh的には、病院という施設の存在って重要だと思います。人は色々言ってきます。でも、サポートしてくれる体制は本当にありがたいものなんだと実感しました。

 

まとめ

「なんで続けるの?」——きれいな答えは出ませんでした。出なくても、続けた。それだけです。他のもっといい選択肢が見つからなかったんです。

6回中4回目。残り2回。数字的なゴールは近い。体感のゴールはまだ遠い。このギャップが、4回目のYoshをいちばん消耗させたものでした。

同じ治療の途中にいる方が、この記事を読んで「自分だけじゃない」と感じてもらえたら、少しは意味があるかなと思います。

次回は、抗がん剤5回目の話を書いていきます。あと2回——その先に、何が待っていたのか。続けて残していきます。